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人生な~んて・こんなも~のよ・うふふっと苦笑い♪~ | シニア女性の日々

もしもあの時に戻れたら・・・は、あり得ないけれどあったら?




もしもあの時に戻れたら・・・

なんていうことはあり得ないけれど、

あったとしたら、いつの頃に戻りたいか・・・と考えてみた。



そうねぇ~、子供の頃は楽しかったと思います。

でも、いつもいつも楽しかったわけではないし。

私の母は、母の思い通りに私を育てたかったので、

母の機嫌を損ねると、恐ろしい母に変身し、

ずいぶん怒られたわ!

母は、大声で子供の私を罵り、叩いたり、蹴とばしたり!

今、思い出してみると、虐待だったのか、

と、思うようなことが多かったようです。

勉強も、習い事も、我が子が一番でないと怒る母。

肝心の私は、それほど何でもできる子ではなかったし、

興味のないことは できればやりたくなかったけれど、

母が怖くて、一応、頑張り過ぎるような日々でした。



勉強も、ピアノもそろばんも、よその子に負けると怒られるので、

頑張り過ぎる日々だったと思うわ。

中学受験では、

「これで、アンタの人生が決まるんだから頑張るんだよ。」

と言い続ける母!!!

小学6年生の子供にとっては かなりストレスになっていたわ。



それでも、学校生活は それなりに楽しんだし、

仲の良い友達にも恵まれて、それはいい思い出です。

ただ、テストの結果が悪いと、とても怖い母だったので、

勉強が楽しいという気持ちを持つこともなく、

ただ、クラスのトップクラスにいなければならない、

という恐怖心で、勉強していたように思います。



それでも、高校時代のクラブ活動は楽しかったわ。

コーラス部で、月、水、金と活動があり、

コンクールに出たり、

アメリカのコーラス部の人達との交流があったり、

そのようなことはいい思い出となっています。

でも、大学入試に向けての受験勉強は、

今、思い出してみても、もう、絶対に嫌だわ!

あの時代の勉強は、本当にしんどかったわ!



大学時代は、楽しい思い出がたくさんあります。

母も、勉強についてはよくわかっていなかったし、

それほど怒ることもなかったけれど、

「叱る」ではなく、「怒る」でした。

母と、一人っ子娘の私との関係は、最悪でした。

その関係は、母が他界するまで続きましたが、

母にとっては、

自分の思い通りの老後を過ごせたので良かったかも。



私は、母が他界して、実のところホッとしました。



母との楽しい思い出は少ないけれど、

父との楽しい思い出はたくさんあります。

母と私の関係は最悪でしたが、

反対に、父と私の関係は良好だったので、

そのことが、私には救いだったと思います。





就職してからも、母と私の関係は最悪でしたが、

一人暮らしをしたいと思うようになった頃、

今の夫との結婚が決まり、24才で結婚しました。



結婚前と結婚後は、私の人生で一番輝いていたかも。

結婚後、一男一女にも恵まれ、

あ~、でも、私が30代半ばにパニック障害を発症し、

結婚後も、
母と一人っ子娘の私の関係は、
ますます最悪になっていったので、
そのストレスでパニック障害になったのかも、
と、今では思うのですよ。



それからの子育ては、思い出したくもないような辛い日々でした。

でも、夫もある程度理解してくれたし、

子供達も、私の体調が思わしくないことはわかっていたようで、

まぁ、素直に育ちました。

私の体調が思わしくなかったお陰?で、

子供達に無理を強いることもなく、

子供達の好きなように進学、就職しました。



子供達は、長女も長男も、同じ年にさっさと結婚し、

(娘は27才、息子は24才で結婚)
(同じ年の冬に娘が、その年の秋に息子が結婚)


子供達が結婚し、私達夫婦は、早く自由の身になりましたダヨ。



それで、過去のことをいろいろ思い出してみると、
良い時代もあったし、悪い時代もあったし、
でも、もう一度 "あの頃"の戻りたいという気持ちは、
今は、ないな~~~。

もう一度、受験をするのは絶対に嫌だし、
親の介護も、もう一度・・・というのはできないと思うし。


あの時、この時のことを思い出してみると、
もはや、過ぎ去ったことになっているんですね~。
でも、残りの人生、
できるだけいい思い出が残るような生き方をしたいと思います





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Category : 日々のこと
Posted by サマンサ♪~ on  | 
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